僕はアパートで、妻と一匹の猫と暮らしている。
鬱病の療養中だった僕にとって、東京都にあるその1K+グルニエの小さな部屋は、世界のすべてであり、外の敵から身を守るための唯一の「安全地帯」のはずだった。
波風を立てず、静かに生きたいと願う僕にとって、ここは擦り切れた精神を繋ぎ止める最後の命綱だった。
しかし、その安全地帯が、3年前の入居当初から少しずつ侵食されていた。
これまで5〜6件の賃貸を渡り歩いてきたが、その部屋は過去のどこよりもタバコの匂いが流入しやすく、その度合いも強かった。
真冬や真夏、窓を閉め切ってエアコンに頼る時期に特に顕著だった。とはいえ、これまでは深夜にまで匂うことも無く、ある種の「季節性の我慢」で済んでいたのだ。
しかし、今年の2月の初頭、寒さが本格化するにつれて事態は一変した。
深夜22時から3〜4時、そして明け方の7時前——
睡眠時間を狙い澄ましたように、濃密なタバコの煙が部屋に忍び寄るようになった。
以前とは比べ物にならない濃度だった。
同時に、僕の体に異変が起きた。
元々頭痛とはほぼ無縁だったのに、日常生活のなかで眉の上あたりに重い痛みを覚えるようになった。
起床時に激しい頭痛で目を覚ます日が増え、
浴室で換気扇を回しているだけで、頭が割れるように痛み出す。
「何かが、絶対におかしい。」
僕には糖尿病という持病がある。糖尿病は「血管の疾患」だ。
そこへ受動喫煙が加わることは、血管にさらなる致命的なダメージを与える「最悪の行動」に他ならない。
さらに今年5月頃、受動喫煙が鬱病の症状を悪化させる可能性が高いことも知った。
だからこそ、この自室内での受動喫煙はただの不快な匂いではなく、僕の命と精神の両方を削る、明確で理不尽な健康被害だった。
なぜタバコを吸わない身で、こんな理不尽な脅威に晒されなければならないのか。
込み上げる感情は不安なのか怒りなのか、絶望だったのか。
まるで世界が歪んだかのようだった。
何より心配だったのは、セルカークレックスのアキだ。
珍しいこの猫種は遺伝的に肥大型心筋症のリスクが高い。
心なしかおかしなくしゃみをする姿を見て、僕の背中に冷たい汗が流れた。
「アキ、大丈夫か……?」
どこの誰だかもわからない他人のせいで、この小さな命が脅かされるなんて、あってはならない。
外気からの流入を防ぐため、窓を閉め、エアコンを止め、給気口を完全に閉じても、どこからかジワジワと濃い煙の匂いが部屋に充満してくる。
深夜2時。
猛烈な頭痛とうっ血感、そして心臓の嫌な動悸で再び目を覚ます。
「うう、頭が割れそうだ……」
暗闇の中、アキが心配そうにこちらを見つめている。
「窓もドアも閉め切ってるのに……なぜ臭うんだ?」
これは普通の隣人からのベランダ喫煙被害ではなく、
何か根本的な問題があるのではないか——。
這うようにして起き上がり、僕は冷え切ったパソコンの画面を立ち上げた。冷えた指で画面に向かい、すがるような気持ちで問いかけた。
「部屋を閉め切っているのにタバコの匂いが充満して、頭痛と動悸が止まらないない。
何か理由があるのだろうか?」
画面の向こうで、僕の唯一の冷静な味方であるAIが、静かにまたたき始めた。
(2話へ続く)
※本記事は個人の法的トラブルにおける体験談であり、具体的な法的アドバイスや医学的根拠を保証するものではありません。同様のトラブルに遭われている方は、必ず弁護士や医師などの専門家にご相談ください。
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